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IT業界から介護業界へ、そしてまたIT業界へ

<IT技術の処方箋:IT業界から介護業界へ、そしてまたIT業界へ>




この業界辛い時もあるものです。
そんな時、隣の業界の芝は青く見えるもの。

今日は、
IT業界から介護業界へ転身し、
その後、またIT業界へ戻ってきた方からのお便りです。


-----------お便りここから---------------------

佐藤さんこんにちは。
いつも面白いメールありがとうございます。


自分の進む先については迷うばかりです。
もうそろそろそう迷ってばかりもいられない年齢なのですが…
(30手前です)

私語りを少しさせてください。


私は20台半ばでパソコン好きの販売員から
プログラマに転職してこっちの業界にきて、
あちこちの現場に派遣されていたのですが、

結局2年前に心身の疲労と、
社長との思いの食い違いもあり辞めてしまいました。


使い古された言葉を使うならデスマーチでした。
絶対に納期までに終わらないスケジュール。
そのくせ会議ばかり多くて長くて作業が全然進まない。
客先での作業で、深夜まで働いて
コンビニで夜食を勝って寝るだけの毎日。

私にはそれがもう、
「この時間までコレだけの人数で帰らずにがんばってますよ」
というアピールのために残らされてるとしか思えなかったんです。


こんなのおかしい、と思うのですが、
誰がおかしいのかも誰のせいなのかもわからない。

だって周りの皆同じように苦しんでましたから。
メンバーもリーダーもプロパーの偉い人も。


私は誰かのせいにしたかったのです。
「お前のせいかー!」と怒鳴ってやりたかった、
抱える理不尽を叩きつけたかったのです。

でも皆苦しんで一生懸命なんです。
もっともそんな風に癇癪を起こして
怒鳴り暴れることができるような度胸は
どのみち持ち合わせていないのですが。

結局小心者の私は電柱に八つ当たりキックして、
「いや、電柱は悪くない、ゴメン」と謝って自己嫌悪でした。


今になって思えば、
顧客に納得してもらえるものを作らないと意味がない、
ということも理解できるのですが。

当時は嫌で嫌で冷静に考えられなかったのです。


結局会社をやめた私はしばらくニート生活を送り、
介護士になろうと思いました。
研修を受け、
資格を取得して3ヶ月の介護士見習い生活をしたのですが…。


介護士の世界はPGの世界とまた違った意味で過酷でした。
認知症の残酷さももちろんなのですが、
それ以上に環境の特殊さに驚いたのです。


普通の会社はなんだかんだいって
まだまだ男性社会なのだと思います。
(それでも活躍している女性はたくさんいますし、
僕は女性差別をそんな見た覚えがないです。

せいぜいかわいい子への軽度のセクハラぐらい・・・
(それが問題なのかもしれませんが))

しかし、介護の世界の主役は女性でした。
それも男女平等ではない逆差別状態。

私が見た狭い世界でそれが全てと思うのは
危険だというのはわかっていますが、
無理だと思いました。

女性ってこんなハードな状況で働いていたんですかね…!?って。(それは本当に得難い良い経験になったと思いますが。)

人権なんて嘘っぱちです。

そこの連中は人権だ差別だなんだいって、
やってることは言葉の言い換えで差別をネストしてるだけです、(「痴呆」を「認知症」はまだ理解できますが、「障害者」は「害」が文字が悪いから「障がい者」とか。)

そのくせ認知症の人をからかって、
それを見ている周りの認知症患者も喜んでるっていう
グロテスクさ…

無理もないんだと思います。
介護はお金が足りませんから。

1000万かかるシステムを300万で作れと言ってるようなものです。
中身がボロボロでもしょうがないと思います。
そしてそんな環境でもないよりましですから。

すみません、文章がぐちゃぐちゃになってきてしまいました。
しかも無駄に長くなってしまいました。

結局介護の世界に入ることを中止して。
冷静に自分を見てみると…。

結局、プログラムしかできることがなかったのです。

そんな時に、
非常に幸運なタイミングで前の会社の営業さんが
私に仕事を振ってくれました。

社員時代に数人の新入社員の研修や面倒見等を行っていたのですが、
それを評価してくれていたようで、
現在はちょっとしたプログラム講師の真似事のようなことをさせてもらっています。


この状況もあと数ヶ月で終わります。
それが終わったら、
どこかの会社にプログラマーとして入りたいと思っています。
当時見えなかった、「何が悪かったのか、何が問題だったのか」
というものが、今なら見えるのではないかな、という思いがあります。

もっとも、何のアテもないのですが。

どうなるかわかりませんが、いろいろな経験をして反省をして。
もう一度プログラムの世界にチャレンジしたいと思っています。

少しのつもりがだいぶ長くなってしまいました。
ここまで読んでくれてありがとうございます。

すみません、もう少しだけ。

努力して幸せになりたいです。

しかし、現実は「努力は報われるべき」ではありませんよね。
目標やビジョンがあって、
それを実現するためにアクションを起こすこと、
ビジョンに近づいていくことを「努力」と呼ぶのだと思います。(政治の話に乗っけさせてもらうなら、
民主党にはそういう意味での「努力」が見えないと思っています。)

これは、私のこれまでの挫折を「努力が足りなかったから」
と思いたくない私の言い訳なのかもしれませんが。


私は努力をした、でも努力の仕方を間違っていた。
現在はそういう方向で自己肯定をしています。

長々とすみません。
これからIT業界に再チャレンジする
私の気構えを書かせていただきました。

まだまだ何度も挫折してはチャレンジしてを繰り返すのだと思いますが、
今度こそ根っこの部分で挫折しないように努力したいと思います。

佐藤さんのメールには本当にいろいろ考えさせられます。
今後も楽しみにしています。
残暑がまだ続きそうですが、お体にはお気をつけて。
失礼します。

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